縁側の気持ち

妊活しながら沖縄旅行計画中の北海道大好きな33歳の日々。

33歳の12月② 繋留流産という診断

一週間後の8w6d、ある程度の覚悟と、それを押し潰すように希望をたくさん持って、病院へと向かった。

 先生はカーテンの向こうから私に告げた。

 

心拍も見えないし、赤ちゃんも大きくなってないですね。

……流産です……。

 

穏やかに淡々と仕事をされている先生が悲痛な面もちをしているであろうことがカーテン越しにも伝わって来た。私は、はい……、と返事をするのが精一杯だった。

 

手術にしますか? 自然に出るのを待ちますか? 手術は日帰りです。午前中に来て、昼過ぎには帰れます。2週間前ぐらいに赤ちゃんの成長が止まっていると思われるので、自然でも年内には出てくると思います。手術だと2ヶ月、自然だと1ヶ月子作りまで開けますが、同じくらいですね。

 

先生の言葉が耳を素通りして頭の周りをグルグル回る。呆然としていたら、来週また来て決めましょう、と先生が言って下さった。なんとか絞り出すように、ありがとうございました……、と言って診察室を出た。

 

帰りに、白いトルコキキョウの花を買った。

 

世界からいなくなりたい、と思った。街の人混みの中を歩いて、誰にも気付かれずにいなくなりたい、と思った。赤ちゃんがいない世界で生きていける自信などなかった。

 

しかし、こんな時でもお腹は減る。だんなとロイヤルホストで思いっきり食べた。ホットファッジサンデーの甘い味が舌に残る。甘い味が分からなくなった時期もあったのにね。

 

お腹の中に、まだ、赤ちゃんはいるのに。

 

その日の夜は眠ることが出来なかった。寝て起きたら赤ちゃんがいなくなってしまう気がして、怖くて何度も泣いた。

 

翌日から、事情を説明してとりあえず1週間お休みをもらった。後で考えるとありがたかったのは、この時偶然、週5の仕事とは別に、締め切りのある仕事があったこと。やらなきゃいけないことがあると、なんとかしないと、という気持ちになる。それで精神的に大分救われた気がする。その仕事をしていると頭が冴えてきて、まだまだ出来ることがある、ストレッチ、温活、ダイエット…… と考える。家も少しずつ片付けて、スッキリしよう。そしてこう考えていることが気を紛らわせているだけだと気付く。それでも最後に、赤ちゃんを最後まで見送りたい、という気持ちに辿り着いた。

 

美容院に行って、髪を切った。髪を切った時に、ブログを書こうか、と思った。出掛けるとベビーカーの群れやマタニティグッズなんかが目に入って、とても辛い。情けない。この間告げた友人たちにも、実はこういうことがあって、とラインをした。今思うと、この時はまだ実感出来ていなかったのだと思う。事実を把握することしか出来てなかった。でも、実感する前に事実を伝えよう、という感覚もあったのかも知れない。

 

一番辛かったのは、スーパーに買い物に行ったとき。天気が良くて、太陽が眩しすぎて、街が明るすぎて、辛かった。この間までは嬉しかったその光景を、今はとても憎く感じていた。そんな自分がダメだなあ、とも感じていた。堂々巡りだ。

 

その翌日、自然に産もう、と決意した。 

 

sandays.hatenablog.jp 

sandays.hatenablog.jp

 

 

sandays.hatenablog.jp

sandays.hatenablog.jp

 

繋留流産からの自然流産を書いて下さった先輩たちへの恩返しと、少しでも同じ立場になってしまった方の役に立ちたいので登録しました。よろしくお願いします。

にほんブログ村 赤ちゃん待ちブログ 不妊(30代前半赤ちゃん待ち)へ
にほんブログ村