縁側の気持ち

33歳、妊活中。東京在住の北海道大好き女子が、沖縄で路線バスの旅をしてきました。

33歳の12月③ 繋留流産からの自然流産

!!!生々しい表現があります。苦手な方はスルーして下さい!!!

 

血の苦手なだんなが、赤ちゃんを見たい、と言った。

彼は彼で、大きな決意をしたようだった。

 

12月19日月曜日、診察。自然流産をすることに決めたけれども、念のためデメリットを聞いてみた。いつ来るか分からない、ということと、少し痛いってことですね、と先生はおっしゃった。急に大量の出血があるわけではない、予兆は必ずありますから、と。年内にもう一度来るかどうか迷ったけれども、今のところ出血もないし、来る気配がないので年明けにお願いした。

 

この日の診察で見えたのは袋だけ。赤ちゃんはいなくなっていた。

 

翌日、12月20日火曜日から、じわじわと出血が始まった。最初はおりものに混ざるくらい、12月21日水曜日に生理終わりかけくらいの色と量になって、12月22日木曜日にいつもの生理のような感じになった。仕事はというと、休んだところでダラダラしているだけだし、自然流産を決意したところで精神的にも落ち着いていたので、火曜日から復帰していた。なによりも、なにかしていないと赤ちゃんのことばかり考えてしまって辛い。仕事に復帰すると、先輩方にオメデタなんじゃないか、と思われているのが分かった。あの、そんなにお腹見ないで下さい、これ、脂肪なんで、って言おうとしたくらい。もっと休んでも大丈夫だよ、なんて、優しく声掛けられると、申し訳ありません、と、またそっと消えたくなってしまうから。

 

12月23日金曜日が祝日なので、12月22日木曜日の夜はだんなの親友を呼んで我が家で食事をする予定だった。だんなの親友は関東より外に住んでいて、東京に来るから会おう、とのこと。だんなから聞かれたときに、やっぱりなにかしていないと辛いので、良いよ、と返事をした。餃子鍋にでもしようか、と思って仕事の帰りにキャベツなどを買い込み、みじん切りにしつつ、とりあえずお腹が減ったのでうどんを用意し食べていると、なんだかお腹の痛みが増してきた。

19:00頃 ドバドバと出血する感覚。血の塊がいくつか出る。

19:15頃 痛くて布団の上をのたうち回る。

19:20頃 外出中のだんなに電話。布団でゴロゴロする。赤ちゃんに話しかける。

だんなに電話したのは結構痛くなってから。というのも、下痢の痛さと同じ感じだったんですよね。うどんに悪いものが入っていたのかも知れない、という考えもあって。うどんが悪いにせよ、その時が来たにせよ、痛くてしょうがないからだんなに電話。だんなは取引先と親友に妻の急病と伝え、急いで向かってくれた。

ドバッとなにかが出た感覚があってトイレに行くと、レバー状の塊が出たのを確認。正にレバー状、レバーが柔らかくなったような感じ。大きさは1センチとか2センチとかそのぐらい。とりあえずナプキンに取って残しておく。先輩方のブログを拝見していると、出てきたものを持って来て下さい、と先生に言われることが多いようなんですが、私は言われませんでした。痛み止めも処方されず。

しかし、いくらレバー状の塊が出ても痛みは治まらない。気を紛らわすためにスマホを見ていても目が滑って読めないくらい痛い。移動中のだんなに滑る目で一生懸命ラインをして、痛い、痛い、と訴え続けた。

20:20頃 これは下痢かも知れない、う○ちが出れば治まるかも知れない、と思い、トイレに座る。う~ん、う~ん、と唸る。すると、明らかに違う物体が出た。ズルンッという感じ。取り敢えず出た部分を掴んでみると、白と赤が混じった物体。まだ残っている感じがある。なんとかしようともがいていると、またズルンッと残りが出てトイレに入ったので、奧から取り出した。

なんでトイレでそうなってしまうのだろう? ナプキンに出せば良いじゃない、と思っていたけれども、そうじゃなかった。痛くて痛くて、ものすごい下痢と勘違いするくらい痛くて、大惨事を避けるためにトイレでそうなってしまうんですよ。そして自動洗浄トイレで無くて、良かったです、本当に。そしてそれを機にお腹の痛みは引いていきました。

 

手全体の大きさぐらいある赤いグニャグニャしてゴツゴツした物体に、白い柔らかい繊維のようなものが混じっていた。そのなかに、胎嚢はあった。

 

これが胎嚢なのかどうか判断がつかなかったんですが、ある方のブログで(失念、申し訳ない。言葉の引用させていただきます)皮を剥いたブドウのような……、とあり、これだ! と分かりました。本当に自然流産のことをブログに書いて下さった先輩方には感謝しかありません。2センチくらいの胎嚢。赤いグニャグニャしてゴツゴツした物体は、胎盤になる予定のものだったようです。

 

20:30頃 だんなが帰宅。トイレから顔を出すと、さっぱりした顔をしていたようでホッとしたそうです。多分それは痛みからの開放感。あちこち探して痛み止めを買ってきてくれました。

大奮闘の末産まれたものを、2人で見ました。袋の中に赤ちゃんの姿はありませんでした。でもこの袋の中に赤ちゃんがいたのは確か。腹痛から1時間ちょっとの超安産。親孝行な子でした。

トイレットペーパーで大事に包んで、そっと流しました。

 

今思うと、小さかったから先生も手術を進めなかったのかな、と思います。繋留流産と判断された多くの方が手術をしている中で、自然流産が出来たのは非常に貴重な体験だったのかな、と。人工授精(AIH)で、繋留流産で、自然流産。もちろん、繋留流産をしてしまう方が一人でも少なくなれば良いと思います。でもその確率にあたってしまっても、体験談があるのとないのとでは精神的に全然違います。私自身、先輩方のブログに大分支えられたので……。この体験が、誰かの心の支えになれば良いな、と思い、記しました。

 

33歳の12月、私は初めての出産をしました。

 

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