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縁側の気持ち

33歳の12月に繋留流産からの自然流産、現在妊活中。目指せポジティブ妊活。

33歳の12月③ 繋留流産からの自然流産

繋留流産 妊活

!!!生々しい表現があります。苦手な方はスルーして下さい!!!

 

血の苦手なだんなが、赤ちゃんを見たい、と言った。

彼は彼で、大きな決意をしたようだった。

 

繋留流産から自然流産を選ぶことのデメリットを聞くと、いつ来るか分からない、ということと、少し痛いってことですね、と先生はおっしゃった。急に大量の出血があるわけではない、予兆は必ずありますから、と。年内にもう一度来るかどうか迷ったけれども、今のところ出血もないし、来る気配がないので年明けにお願いした。

 

月曜日の診察で見えたのは袋だけ。赤ちゃんはいなくなっていた。

 

その翌日の火曜日から、じわじわと出血が始まった。最初はおりものに混ざるくらい、水曜日に生理終わりかけくらいの色と量になって、木曜日にいつもの生理のような感じになった。仕事はというと、休んだところでダラダラしているだけだし、自然流産を決意したところで精神的にも落ち着いていたので、火曜日から復帰していた。

あれなのね、この年頃の女性がたくさん休むと、オメデタなのかと思われるのよね。あの、そんなにお腹見ないで下さい、これ、脂肪なんで、って言おうとしたくらい。もっと休んでも大丈夫だよ、なんて、優しく声掛けられると、申し訳ありません、と、またそっと消えたくなってしまうから。

 

金曜日が祝日だったので、木曜日の夜はだんなの友人と3人で家で食事をする予定だった。餃子鍋にでもしようか、と思って仕事の帰りにキャベツなどを買い込み、みじん切りにしつつ、とりあえずお腹が減ったのでうどんを用意し食べていると、なんだかお腹の痛みが増してきた。

19:00頃 ドバドバと出る感覚。血の塊がいくつか出る。

19:15頃 痛くてのたうち回る。

19:20頃 外出中のだんなに電話。布団でゴロゴロする。赤ちゃんに話しかける。

だんなに電話したのは結構痛くなってからだった。というのは、下痢の痛さと同じ感じで、うどんに悪いものが入っていたのかも知れない、と思ったため。私の中では、うどんが悪いにせよ、その時が来たにせよ、痛くてしょうがないからだんなに電話した、という流れ。

この間もドバッと出た感覚があるとトイレに行き、レバー状の塊が出たのを確認。とりあえず残しておく。先輩方のブログを拝見していると、自然流産の場合、出てきたものを持って来て下さい、と病院に言われることが多いようなんですが、私は言われませんでした。痛み止めも処方されず。

しかし、いくらレバー状の塊が出ても痛みは治まらない。どのぐらい痛いかっていうと、気を紛らわすためにスマホを見ていても目が滑って読めないくらい。移動中のだんなに、一生懸命滑る目で、痛い、痛い、とラインで訴え続けた。

20:20頃 これは下痢かも知れない、う○ちが出れば治まるかも知れない、と思い、トイレに座る。う~ん、う~ん、と唸っていると、明らかに違う物体が出るのを感じた。ズルンッという感じ。取り敢えず出た部分を掴んでみると、白と赤が混じった物体。ふうっ、と座ってなんとかしようともがいていると、またズルンッと残りが出てトイレに入ったので、奧から取り出した。

なんでトイレでそうなってしまうのだろう? ナプキンに出せば良いじゃない、と思っていたけれども、そうじゃなかった。痛くて痛くて、ものすごい下痢と勘違いするくらい痛くて、大惨事を避けるためにトイレでそうなってしまうんですよ。そして自動洗浄トイレで無くて、良かったです、本当に。そしてそれを機にお腹の痛みは引いていきました。

 

手全体の大きさぐらいある赤いグニャグニャしてゴツゴツした物体に、白い柔らかい繊維のようなものが混じっていた。そのなかに、胎嚢はあった。

 

これが胎嚢なのかどうか判断がつかなかったんですが、ある方のブログで(失念、申し訳ない。言葉の引用させていただきます)皮を剥いたブドウのような……、とあり、これだ! と分かりました。本当に自然流産のことをブログに書いて下さった先輩方には感謝しかありません。赤いグニャグニャしてゴツゴツした物体は、胎盤になる予定のものだったようです。

 

20:30頃 だんなが帰宅。トイレから顔を出すと、さっぱりした顔をしていたようで、ホッとしたようです。多分それは痛みからの開放感。あちこち探して痛み止めを買ってきてくれました。

大奮闘の末産まれたものを、2人で見ました。袋の中に赤ちゃんの姿はありませんでした。でもこの袋の中に赤ちゃんがいたのは確か。腹痛から1時間ちょっとの超安産。親孝行な子でした。

トイレットペーパーで大事に包んで、そっと流しました。

 

今思うと、小さかったから先生も手術を進めなかったのかな、と思います。繋留流産と判断された多くの方が手術をしている中で、自然流産が出来たのは、非常に貴重な体験だったのかな、と。人工授精(AIH)で、繋留流産で、自然流産。もちろん、繋留流産をしてしまう方が一人でも少なくなれば良いと思います。でもその確率にあたってしまっても、体験談があるのとないのとでは精神的に全然違います。私自身、先輩方のブログに大分支えられたので……。この体験が、誰かの心の支えになれば良いな、と思い、記しました。

 

33歳の12月、私は初めての出産をしました。

 

sandays.hatenablog.jp

 

 

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