縁側の気持ち

妊活しながら沖縄旅行計画中の北海道大好きな33歳の日々。

33歳の4月 人は意味もなく産まれるけれどもそこには愛があるのだろう

zuisho.hatenadiary.jp

ズイショさんのこちらの記事を読んで。


よしながふみさんの作品『愛すべき娘たち』愛すべき娘たち (ジェッツコミックス)で印象に残っている話がある。思想がある祖父から、全ての人に分け隔て無く接しなさい、と教えられた女性が、結婚適齢期になってお見合いを重ね理想の人に出会うけれども、その人だけを分け隔てることが出来なくて、最終的に修道院に入ってシスターになった、という話。分け隔て無いこと、という祖父からの言葉を彼女は選んで、あるいはその言葉に縛られて生きていく。親が子どもに、こうして欲しい、ああして欲しい、と望むのはたくさんあれど、言葉に出したときに、それが生きる意味となって彼女のように一生を左右してしまったときほど怖いものはない。

自分はまだ、子育てには少し遠いところでアレコレしているだけの人間なんだけれども。子どもが産まれたときは、無事に産まれてくれて良かった、という気持ちが一番なんだろうと思う。それが人間って欲深い生きもので、育つにつれ、ああなって欲しい、こうなって欲しい、と思ってしまう。それがしつけとかちょっとしたことなら良いんだろうけど、シスターになった女性のように、性格とか考え方に影響のあるものであると、その一言が一生を左右してしまうことがあるのかも知れない。

そうすると、宇宙人から預かったと思って育てているママさんは素敵だな、と思う。いや、そりゃ産んだんですよ、ママさんが産んだんだけども、子どもは自分とは違う生きものですから。考え方とか、行動とか、分からないこともたくさんあるわけで。宇宙人から預かったと思いつつ、それを理解しようと努力しているママさんの姿が目に浮かぶよう。子どもは気にせず自由に生きているんだろうな。なんだか楽しそう。

そういえば先日2歳の甥に会いました。やたら喋るようになっててビックリ。ただこっちが言っていることも理解できているから、これは変なことは言えないぞ、と。まあたまに会うだけのおばちゃんですからね、そんなこと言う機会もそうそうないんだけれども。ズイショさんのような気持ちで接していこうと思います。

 

さて自分の子どもはというと。こればっかりは産まれてみないと分からないですね。そもそも授かるところからだよ、っていう話なんですけど。2歳の甥が喋るようになったことでだんなの「子どもカワイイ」スイッチが入ったらしく、やっぱり子ども欲しいなあ、とのお言葉。いや、なんていうか、流産した人間に対してなんの気遣いも無くハッキリ言うんですね、アナタ。と思いつつも、来月は人工授精したいなあ。

 

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